Disharmony

 

 

 

 キン、と張りつめた冷たい空気。
 手袋を嵌めていない指先がかじかんで、耳にも痛みを覚えるほどの寒さの中。それでも、街に幸福そうな人波が溢れる今日は、ちょうどクリスマス・イヴだった。

(毎年のこととはいえ、派手だな)
 クリスマス商戦を意識した、きらびやかなショーウィンドウ。店先のみならず、街路樹にまで灯るイルミネーションが眩くて、私はそっと目を伏せる。
 昔は馴染めなかったけれど、今は結構、こういうお祭りムードは嫌いじゃない。大学の友人達とささやかなパーティーを楽しんだ余韻も手伝って、いつになくいい気分だった。
(『あっち』も、そろそろお開きになったかな)
 時刻はまだ夕方。
 しかし、今の時期はあっと言う間に陽が落ちてしまうから、空はすでに闇一色に染まっている。
 ここは場所柄ひときわ明るいけれど、リリアン女学園の建つ辺りはそうもいかない。
 『薔薇の館』でも毎年恒例のパーティーが行われたはずだった。仲間内でクリスマスを祝っただろう面々は、年の瀬の挨拶を交わして、帰途に着いた頃だろうか。
 とりとめもなくそんなことを考えながら、ふと視線を向けた先のバス停の手前で足を止めた。
 去年の同じ日、この近くであの子に声をかけられたのを思い出したから。
(そう。ちょうど時間もこれぐらいで……)
 複雑な感慨と共に見つめていると、ほどなくして1台のバスが停車する。
 まさかね、と胸中で呟きながらも、バスのドアを凝視してしまう。もちろん、降りてきたのは見知らぬ人ばかりだった。
 当然だ。そんなに都合のいい偶然が、そうあるわけがない。
 踵を返しかけ、はっとして立ち止まる。
「柏木?」
 つぶやいて、さらにその後から降りてきた、よく見知った人物の姿に棒立ちになった。
 どうして、と思う。
 どうして彼女が、あの男と一緒にいるのか。
「……祐巳ちゃん?!」

 

+++++++++++

 

 インターフォンを鳴らすと、待ち構えていたような素早さで、祐巳ちゃんが玄関の扉を開けて出てきた。
「ごきげんよう!」
 ふわふわの赤いセーターに、おそろいの赤いリボンがよく似合っていて可愛い。
(いや、そんな場合じゃないから)
 一瞬見惚れて、だけどすぐに私は気を引き締める。

 ひと晩経って、クリスマス当日。
 以前からの約束で、祐巳ちゃんのお家を訪れた。
 それはまあ、いいのだ。2学期後半、何かと多忙だった彼女とゆっくり顔を合わせるのは久しぶりで、正直なところ、かなり楽しみにしていたし。
(でも、それとこれとは別だから)
 昨日目の当たりにした光景を反芻し、とにもかくにもまずは確認しなければと改めて思う。それを済ませないことには、どうにも落ち着かなかった。
「どうぞ」
「――ありがとう」
 お邪魔します、と言い添えて、きっちりと揃えて出されたスリッパに履き替える。小母さまは外出されているらしく、持参した菓子折りを手渡しているところに、祐麒が顔を出して挨拶をくれる。
 そうして案内されるまま、祐巳ちゃんの後をついて2階へと続く階段を上りながら、私は「さてどう切り出そうか」と頭を悩ませた。実は昨夜から色々考えてはいたのだけれど、問い詰める形になってしまいそうで、あまり思わしくない。
 部屋に足を踏み入れ、意を決して口を開こうとした、その瞬間。
「あのね、ちょっと話が」
「メリー・クリスマス!!」
 ポンッ!
 軽い破裂音と同時に降りかかる、色とりどりの紙吹雪と、金銀のテープ。
(この、パターンは)
 『山百合会』のクリスマス・パーティーで江利子にやられたのと全く同じ。
 心に余裕のある時ならともかく。このタイミングでクラッカーを鳴らされると、出鼻をくじかれたようで。何だかひどく間の抜けた気分になった。
 それもこれも、全ては昨日目撃したものが原因なのだ。
「あの、聖さま?」
 不思議そうな声。
 リアクションのない私を怪訝に思ったのか、目を丸くして祐巳ちゃんが覗き込んでくる。
「……祐巳ちゃん」
「は、はいっ!」
 私の口調に不穏なものを感じたのか、身をすくませる彼女をひたと見据え、
「昨日の帰り、ギンナン野郎と一緒だったよね?」
「え?」
 詰め寄ると、ますます困惑した表情が返ってくる。
「聖さま、いらっしゃったんですか?」
 声をかけて下さったらよかったのに、と言われて鼻白む。
 もっともだとは思うけれど、とてもそんな気にはなれなかったのだ。
 なぜなら。

「すごく、楽しそうに見えたんだけど」

 バスを降り、振り返った柏木に何ごとか話しかけられた祐巳ちゃんは、はにかむように微笑んだ。
 それまでのどこか浮かれた気分は吹っ飛んで、ひやりとした。
何より、彼女があいつの前であんな顔をしたことが、ひどくショックで。胸がちりちりと騒いだ。
 もちろん、そんなのは私の勝手な言い草で、いちいち責める筋のことじゃない。だけど、解っていたって我慢のならないことはあるわけで。
「た、楽しそう?」
 ええっ?! と声を上げた祐巳ちゃんは、しばしあたふたとして考え込む。
 どうも本人に自覚はないらしい。
 私が腕組みを解かず、なおも追及の姿勢を取り続けていると、首を傾げていた祐巳ちゃんは、ようやく何か思い当たったようだ。
「あ、ひょっとして」
「ひょっとして?」
「……」
 問い返すと、なぜか奇妙な沈黙が落ちた。
「えっと、その」
 口ごもり、まごつく彼女。
「あ、あれはそのっ、今日の約束のことを思い出したっていうか」
「え?」
「ですからその、柏木さんとは偶然バスの中で一緒になって」 
 積極的に関わろうとは思わないものの、話しかけられればそれなりに言葉をかわすこととなり、その流れでクリスマスの予定について訊かれたらしい。
「詳しいことは言ってませんけど、嬉しさがつい顔に出ちゃったみたいで」
 今度は、私が絶句する番だった。
 だって、それってつまり――。

「私と会うことが嬉しくて?」

 頬を染め、肯定の証しに無言で頷く祐巳ちゃんをまじまじと見つめ、張りつめていたものが一気に解ける。
「何だ」
 じゃあ私は、自分で自分に嫉妬していたのかと気づいて、拍子抜けした。なんと馬鹿げた話だろう。
「聖さま?」
 まだ真っ赤になっている祐巳ちゃんの呼びかけに、小さく肩を落とす。
そして気を取り直すと、バッグから包みを取り出し、彼女に手渡した。
「へ?」
「遅くなってごめん。……メリー・クリスマス」
 ぽかんと口を開けた祐巳ちゃんが、あわてて私へのプレゼントを取り出してくれたのは、きっかり30秒後の話。

 

Fin〜



2007/12/30 UP




これはGloria-WORLD'S END GARDEN 』の松島深冬様との
クリスマス合同企画『聖祐巳でXmas!!』です。

お互いの描いたイラストから、それぞれイメージしたSSを作成。


このSSは、松島様のこちらのイラストを元に書きました ⇒GO! 



      


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