それぞれの学園祭 〜蓉子の場合〜

 

 

 

 かつて、山百合会主催の劇が、これほど笑いに湧いたことがあっただろうか。
 聖なんか、いまだに涙を流して笑っている。
「いやー、傑作だったなぁ! これを祥子がねぇ……」
 言いながらくっくっく、と肩を震わせる。
 そう。何よりも驚いたのは、これを企画演出したのが、他ならぬあの祥子だということだった。花寺の男子生徒ともそれなりに折り合いをつけているようだし、変われば変わるものだ。


 ――それにしても、聖はいつまで笑っているのだろう。
「行くわよ」
 カーテンコールも終わり、徐々に人が退けてきた客席をあとにして楽屋へと向かう。あの子達にぜひにと請われているのだ。それがなくても、もちろんお祝いを言いに行くつもりだけれど。
 腹筋がつりそう、なんて情けないことを言っている聖をひっぱっていくと、興奮さめやらぬ妹達の笑顔に迎えられた。
「お姉さま」
「すばらしかったわ、祥子。みんなも。お疲れさま!」
「いや本当、久しぶりに笑わせてもらったよ。ブラボー! 最高!」
 そこでふと、蓉子は辺りを見回した。
「そういえば今日の主役は?」
「ああ」
 祥子がうなずくと、日本人形を思わせる、志摩子の妹の乃梨子ちゃんが背後を指し示す。
「祐巳さまなら、あちらに」
 見れば、助っ人の一年生と何やら話し込んでいる。
「やるなあ、祐巳ちゃん。縦ロールを手懐けたか」
 聖が電動ドリルと評した独特な髪型の生徒――聞き咎めた祐巳ちゃんに言われて、口にするのはやめたようだけれど。彼女は実際、なかなかの演技力を発揮していた。さすが演劇部というところか。
 話がひと段落したらしいと見て取って近づいていくと、『縦ロール』もとい松平瞳子ちゃんは、じろりと祐巳ちゃんを睨みつけた。


「ところで」
 なぜか、いきなり雲行きが怪しい。
「あの方とは、いったいどういうご関係なんですか?」
「あの方?」
 きょとんとする祐巳ちゃん。瞳子ちゃんは眉を吊り上げる。
「佐藤聖さまです! いくら前白薔薇さまロサ・ギガンティアだからって、お姉さまでもないのに、あんなことをされて何へらへらなさっているんですか!」
 なるほど、と合点がいった。
 どうやら、本番直前に戻ってきたあの子達とばったり出逢った時のことを言っているらしい。
 祐巳ちゃんの姿を認めた途端、背後から忍び寄りふいうちで抱き締める聖の姿は、とてもよく見慣れたもの。ただし、それは前年度の山百合会メンバーに限っての話であり、初めて目にしたひとからすれば驚きの光景に違いない。
 案の定呆気にとられた瞳子ちゃんは、しかしすぐに毛を逆立てた猫のごとく殺気だったものだから、聖はすっかり面白がってしまい、祐巳ちゃんのほっぺにキスまでしてしまったのだ。
 まったく、悪ノリにもほどがある。
 ところが、元凶である張本人はというと。
「おっと、修羅場だ」
 なんてまるで他人ごとだ。
 ――松平瞳子ちゃん、ね。
 もしかして、あの子が祐巳ちゃんの妹になるのだろうか。


 瞳子ちゃんの追究はまだまだ続く。
「だいたい、紅薔薇さまロサ・キネンシスは何もおっしゃらないんですか?」
「お姉さま? うーん。今なら、そんなでもないと思うけど」
 いつものことだし、と祐巳ちゃんが続けると、すかさず反応。
「いつも? いつもって言うほど頻繁に、あんなにベタベタなさっているんですか?」
「いや、えーっと。ほ、ほら、三年生のお姉さま方からすれば一年生は孫みたいなものだから。 聖さまだけじゃなくて、薔薇さま方には可愛がっていただいたというか……つまり、そんなものなのよ」
 ――苦しい。苦しいぞ、祐巳ちゃん。
 瞳子ちゃんは、あからさまに胡乱な表情になる。
「じゃあ、蓉子さまや前黄薔薇さまロサ・フェティダもキスなさったりしたんですか?」
 冷たい視線に、祐巳ちゃんがたじろぐ。
「いや、そこまでは」
 そう、そんなことはしていない。抱きつき魔なら一度挑戦してみたことはあるけれど。


 なかなか興味深いやりとりだったけれど、いい加減止めに入った方がよさそうだ。そう判断し、蓉子は足を踏み出した。

「あなたたち、そろそろ着替えた方がいいんじゃない?」


2004/11/03 UP

    

     

 

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