せっかく面白いところだったのに、蓉子が割って入ってしまったので、そこで修羅場は一旦お開きとなった。
――やれやれ。相変わらずというか、仕切りぶりもやっぱりみごとに健在だ。
軽く肩をすくめながら、聖はしかたなく親友の後に続く。
「祐巳ちゃん。とりかえばや物語、とってもよかったわ。主役ご苦労さま。瞳子ちゃんもすごくいい演技だったわ」
案の定、祐巳ちゃんは蓉子の登場にあからさまにホッとしたようだが、後ろから現れた聖を見るなり、少し困ったみたいな複雑な表情になった。
そして、縦ロールをちらりと窺う。
はたして狼狽える祐巳ちゃんとは対照的に、縦ロールは実に模範的な笑顔で対応した。
「おそれいります。お誉めいただいて、とても光栄です」
でも、今回の劇はひとえに紅薔薇さまの着眼点と演出力、それに祐巳さまはじめ山百合会の皆さま方と花寺の方々の努力の賜物ですわ、などと弁舌巧みに語ってみせる。
その後、蓉子と二、三言交わしたかと思うと、早々に話を切り上げた。
「では、着替えてまいりますので」
あくまでもにこやかなまま去っていく姿は、なかなかみごとだ。
「しかし、似ているとは思っていたけれど。祐麒と祐巳ちゃんって、本当に双子みたいにそっくりだね」
「はぁ。みんなにも散々言われました」
嬉しくない、と顔に書いて、それでも祐巳ちゃんは縦ロールが去って肩の荷が下りたよう。
そこへ今度は、背後霊ちゃんがやってきた。
「祐巳さま」
言いかけて、先ほど顔を合わせたばかりの部外者の存在に気づいたらしく、しばし固まる。
それはまあ、祐巳ちゃんや祥子はともかく、ほとんど見ず知らずの相手の前で、あれだけヘビーな家庭事情を暴露してしまったのだ。さぞやバツが悪いに違いない。
それでも、ひと呼吸を置いて意を決したように進み出た。
「祐巳さま、紅薔薇さまが着替えるようにと……」
そう告げながら、控えめに目礼する。
蓉子に言われるまで気づかなかったけれど、この子の大好きな『ユウコ先輩』は、確かに雰囲気がどこか祐巳ちゃんと似ていた。祐巳ちゃんにつきまとっていたのは、どうやらそのあたりに原因がありそうだけれど……。
ふと思いついて、祐巳ちゃんの髪に指をからめてみる。
「あ、あの、聖さま?」
衣装のままとはいっても、さすがに被り物は脱いでいたので、いつもはふたつに結わえられた髪が今はそのまま肩へと流れていた。
「祐巳ちゃんが髪をおろしているのって、めったに見ないから新鮮で」
これは本当。
そのままそっと髪を撫でる。
「おろしているのも可愛いよ」
これも本音。
とたん、背後霊ちゃんの纏う気配が明らかに変わった。こちらを見る目が尋常ではない。……ということは、少なくとも現状、祐巳ちゃんはユウコの身代わりというわけではなく、背後霊ちゃんの心を占めているらしい。
――なるほどね。
祐巳ちゃんもなかなか大変だ。
しかしさっき話した時に、背後霊ちゃんのことも「けっこう可愛いんですよ」なんて言っていたあたり、祐巳ちゃんも侮れない。普通自分をストーカーしていた相手に、そんな寛大な気持ちになれるものだろうか。
と、ふいに肩を叩かれた。
「聖、いいかげんにしなさい」
そのまま蓉子に腕をひっぱられ、後輩達から引き離される。
「祐巳ちゃんがいつまで経っても着替えに行けないじゃないの」
「ああ、ごめんごめん。私達はいいから行ってきて」
「はい。ではあの、お二人ともまたあとで」
そう言うと、祐巳ちゃんも背後霊ちゃんと共に控え室へと向かって行った。
「……聖。あなたね、面白がって色々ひっかき回すのはやめなさい」
おっと、ついに蓉子のお小言が出た。
「はいはい。鋭意努力させていただきます」
「本当に頼むわよ」
――蓉子って、つくづく苦労性よね。
私が言えた義理じゃないけれど、と聖は小さく舌を出した。
2004/11/03 UP
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