「終わった……」
舞台の幕が下り、着慣れた学ランに袖を通して、福沢祐麒はホッと息をついた。
思えば母校の学園祭準備から連なるこの数ヶ月の苦労は、今日をもってようやく終息を迎えたのだ。幸い、劇は概ね……というより、観客のウケぐあいからすればむしろ大成功だった。
山百合会版とりかえばや物語、これで結構いろいろハプニングもあったのだが、もともと意図した路線上、観ていた人にはどこからどこまでが演出でミスだったかなんてわかるまい。
まさに企画演出の勝利。
――祥子さん、実におみごと!
さて、そろそろあちらも着替え終えたであろう山百合会メンバーに、挨拶に行くべき頃合か。そう思い、立ち上がろうとしたその瞬間。
「舞台成功おめでとう」
聞き憶えのない声に顔を上げれば、つややかな黒髪をすっきりと切りそろえた美女がにこやかに近づいてくる。
――ああ、確かこの人は。
「去年、花寺の学園祭でお会いしたわね。私のこと、覚えていただけているかしら、福沢祐麒くん?」
「ご無沙汰しております。前紅薔薇さまこそ、俺のことを覚えていらしたとは驚きです」
思わず襟を正して言うと、祥子さんのお姉さまはふふっ、と笑った。
「記憶力はいい方なのよ、私」
つられて苦笑する。
「そのようですね。……姉がいろいろお世話になりまして」
「その台詞、最近では、私よりもむしろ彼女に言った方がよさそうよ」
「え」
「久しぶりだね」
今度こそ、はっきりと印象に残っているその声、その口調。
細川可南子ほどではないが、女性にしてはやや長身のすらりとした立ち姿に、祐麒はやや及び腰になる。
「前白薔薇さま……でしたよね? その節はどうも」
「君は背が伸びたね。さすが成長期といったところかな」
ふっと笑みを浮かべた顔は、これまた実に端正だ。前紅薔薇さまが正統派美人だとすれば、こちらは彫りの深いエキゾチックな美貌の持ち主だった。
だが、祥子さんをはじめ、さまざまなタイプの美少女が揃う現山百合会メンバーを見慣れた今となっては、美人というだけで気圧されることはない。もっとも、それとは別の次元で、この人物にはちょっと苦手意識があった。
「これはこれは、お揃いで。佐藤さんに水野さん」
うわ、と祐麒は頭を抱えた。
何だって、よりにもよってこんな時に。
「……あらごきげんよう。柏木さん」
祐麒に対した時と比べると格段にそっけない態度で、前紅薔薇さま。
一方の人はといえば、さらに非友好的……もとい挑戦的だった。
「現れたな、ギンナン王子」
「いいかげん、その呼び方はやめてくれないかな、佐藤さん」
――最悪だ。
やっとひと仕事終えたと思ったら、こんな場に居合わせてしまうなんて。高等部に入って以来どうにもついていないよ、俺、と祐麒は心の中で深くため息をついたのだった。
2004/11/03 UP
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