しかしなぜか、祐巳ちゃんから予想したような反応は返って来なかった。それどころか、なんだか固まってしまっているように見えるのだけれど。
「祐巳ちゃん?」
そっと頬に触れると、突然スイッチが入ったみたいに、みるみる赤くなる。
(どうした? 祐巳ちゃん)
わけがわからず覗き込むと、祐巳ちゃんはひっくりかえったような声で、意味不明なことを言う。
「あ、あああのっ、ちょっ……」
そこから先は声にもならず、金魚のように口をパクパクさせるばかり。
いったい、何をそんなに動揺しているのか。
祐巳ちゃんは後ずさるようなそぶりをして、しかしシートベルトに阻まれた。あわてたように両手をバタバタさせる姿を見て、ようやく思い当たった。
(私に、なにかされると思っているわけだ)
確かに、さっきの台詞は意図したものではないといえ、まるで告白。おまけにこの体勢と来れば、誤解するのも無理はない。
いや、実際気持ちに余裕のある時ならば、私だって調子に乗ってこんなふうにからかったりしないとは言わないが。
正直とてもそれどころじゃない状況だったし、ちょっと心外だ。
(ああでも。せっかく、これだけのリアクションをもらったら、やっぱり期待に応えるべきかな)
そう思い、さらに顔を近づける。
すると祐巳ちゃんは――なんと目を閉じた。
だけどそれは、もう可哀相なくらい固く瞼をギューッと瞑って、さながら怖いものをやりすごすみたいな。ナレーションをつけるとしたら『祐巳、絶体絶命! 人生最大のピーンチ!!』っていう感じ。
そんなことを考えていたら、喉の奥がくっ、と鳴った。
(あ、まずい)
ここは笑うところじゃないだろう、ととっさに口を覆うも、いったん込み上げたものは今さらどうしようもなく。
くくくっ、と洩れた声に、祐巳ちゃんがそおっと瞼を持ち上げて。目が合ったら、もう駄目だった。
「あっはっは!」
(だめだ! おかしい! おかし過ぎる!!)
当然ながら、祐巳ちゃんは何がなんだかわからなくてポカンとしている。それがまた、いっそう笑いを誘うんだな。
「祐巳ちゃん最高!」
だってさ、本当実にみごとだったし。
「いや、久々に見たよ。こっ、ここまで盛大な百面相!」
(あーもう、涙まで出てきちゃったよ。腹筋がひきつりそう)
ここまで来てやっと事態が呑み込めたのか、祐巳ちゃんが怒りの形相になった。
「聖さま!!」
(そりゃまあ、怒るよね)
客観的に見て、気持ちはよーくわかるけど。
「何考えているんですか!」
君こそ何されると思っていたんですか? とは、さすがに口にはしなかった。
「あー、ごめんごめん。だって祐巳ちゃん、どんどん落ち込んじゃって、ちょっとやそっとじゃ浮上しそうになかったからさ」
「だからって、あんなの、洒落になりません!」
「いや、ショック療法って言うかね。ほら、実際元気出たじゃない」
祐巳ちゃんは不満げだけど、間違いなくさっきまでより格段にイキイキしている。
「これはっ、怒っているんです!!」
「なに、ひょっとしてチューしてほしかった?」
「そんなわけないでしょう!」
(うーん、そんな可愛い顔で睨みつけられても、ちっとも怖くないなぁ)
ふと悪戯心が湧いて、ニヤリと笑ってみせる。
「えー、卒業の時は、祐巳ちゃんの方からあーんな熱烈なお餞別くれたじゃない」
とたん、思惑どおり祐巳ちゃんはボッと赤くなった。
これだから、君にかまわずにはいられない。
結局、その後祐巳ちゃんのご機嫌はなんとか直り、少しは元気にもなったようだった。ショック療法が、意外に効いたのかも。これぞまさに怪我の功名っていうやつかもしれない。
――だけど。根本的には何も解決していないから。
私はしばらく注意深く彼女を見守ろうと思った。その笑顔が、消えることのないように。
(そして、もし)
もしも祥子が、今度祐巳ちゃんを傷つけるようなことがあったら、その時は――。
fin〜
2005/01/23 UP
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