それぞれの学園祭 〜乃梨子の場合 1 〜

 

 

 

 その人のことは、知っていた。
 いや。予備知識があった、と言う方が正しい。
 志摩子さんと姉妹スールになった当初、頼みもしないのにクラスメイト達がいろいろ教えてくれたのだ。
 いわく。志摩子さんのお姉さまは同じ敷地内のリリアン女子大に通っている、とか。日本人離れした美貌の、ちょっとミステリアスなお方、と評判らしいこと。

「前白薔薇さまロサ・ギガンティアにはご紹介していただいたの?」
「は?」
 そう。それは、そんな質問から始まった。
 ――紹介も何も。だってすでに卒業した人なのだから、そんな機会なんてあるわけがないじゃないか。
 そうは思ったが、一応気を遣って、ただ紹介されていないと答えた。
 すると、なぜか。
「同じ敷地内にいらっしゃるのに?」
 と来た。
 志摩子さんとの間で、彼女のお姉さまについて特に話題にしたことはなかったから、まったくの初耳だった。彼女達はその事実に同情したらしく、前白薔薇さまロサ・ギガンティアがどれほど素敵な方かを語り始め、ついには去年発行されたリリアンかわら版の切抜きまで見せてくれたのだ。
 小さな写真に写ったその人は、確かにかなり綺麗だったけれど。
 ――なんで、去年中等部だったはずのこの人達が、こんなものを持っているんだろう?
 紅薔薇さまロサ・キネンシスと親戚筋の瞳子ならともかく、と思う。

 ――やっぱり、この学校って変だ。

 それが、乃梨子の抱いた感想だった。


 そして今日。初めてご対面した前白薔薇さまロサ・ギガンティアは、あらゆる意味で乃梨子の理解の範疇を超える人物だった。

「え? 志摩子さん、聖さまと約束していたんじゃないの?」
「約束?」
 校内だというのに思わず名前で呼んでしまったことを咎めもせず、志摩子さんは不思議そうに首を傾げる。
 舞台の幕が下り、楽屋に顔を出した前薔薇さま二人は、気づけばいつの間にかいなくなっていた。どうして? と思う。入学してずいぶん経つが、リリアンのノリに今ひとつ馴染めないでいる乃梨子でも。
「だって、せっかく久しぶりに会ったお姉さまなのでしょう。一緒に学園祭回ったりとかしないの?」
 普通、姉妹だったらそういうものじゃないのかと思ったが。志摩子さんはそこで初めて思い当たったらしい。
「特にそういう約束はしていないわ」
 一点のくもりもない笑顔で言われてしまうと、さすがに二の句が継げない。
 ――聖さまもだけど、やっぱり志摩子さんもよくわからない。
 他のことならたいてい理解していたつもりだが、こと二人の姉妹関係だけは謎だった。


 そもそも、演劇部の舞台衣装のまま飛び出していった瞳子と祐巳さまの二人と入れ違いに入った楽屋で、前白薔薇さまロサ・ギガンティアに会った時の志摩子さんの表情を、なんと言えば良いのだろう。
「お姉さま!」
 目を見開いた志摩子さんの視線の先にいたのは、六月に祐巳さまを連れ出した前紅薔薇さまロサ・キネンシスだという水野蓉子さまと、すらりと手足の長い、おそろしく整った顔だちの女性だった。
「志摩子」
 呼びかけに、志摩子さんが駆け寄ると、その人はあざやかに微笑んだ。
「久しぶり。元気そうね」
 ミステリアス、というイメージからは程遠い、気さくな笑顔。
 しかし実物は、切抜きで見たよりもずっと美しい人だった。
 ――ありか? こんなの。
 お金持ちのお嬢様で、そのうえ極めつきの美少女。そんなのがゴロゴロいるなんて。
 山百合会メンバーを初めて見た時、漫画じゃないんだから、と思わずツッコミを入れそうになったものだ。それでも、志摩子さんと並んで見劣りしない人なんて、正直現紅薔薇さまロサ・キネンシス以外いないと思っていたのに。
 ――見劣りするどころじゃない。
 マリア様のように清楚な美貌の志摩子さんと、日本人離れした、という形容がまさしくぴたりとくる前白薔薇さまロサ・ギガンティアが並ぶと、まるで一枚の絵のように嵌っていた。なにより二人の間に流れる空気は、とても他者が割り込める雰囲気ではない。
 じっと前白薔薇さまロサ・ギガンティアを見つめていた志摩子さんは、万感の思いを込めるようにゆっくりと微笑みを浮かべる。
「お姉さまも、お変わりなく」

 ――何だろう? この気持ちは。
 胸が締め付けられるような……疎外感。

 だが、乃梨子がそれを噛み締める前に、前白薔薇さまロサ・ギガンティアがこちらを振り向いた。
「それはそうと、あの子、紹介してよ。あなたの妹なんでしょう」
「あ、私ったら気がつかなくて」
 申し訳ありませんと頭を下げて、志摩子さんは乃梨子を呼び寄せた。
「蓉子さま、お姉さま。こちらが私の妹で……」
 促され、ぺこりと頭を下げる。
「二条乃梨子です。はじめまして」
「はい。はじめまして」
 そう硬くならないで、と肩をぽんぽんと叩かれる。
「私は佐藤聖。聞いているかどうかわからないけれど、あなたのお姉さまのグラン・スールにあたるわ。それでこっちが、祥子……紅薔薇さまロサ・キネンシスのお姉さまの水野蓉子さん」
「はじめまして。乃梨子ちゃん。外部編入組と聞いたけれど、リリアンにはもう慣れた?」
「はい。……それなりに」
 乃梨子の答えに、蓉子さまは笑みを深くする。
 なんというか、こちらもまた迫力のある美人だ。在校当時、カリスマ的な人気を誇る薔薇さまだったとか。確か六月に見た時に、由乃さまからそんな話を聞いた。
「私も中等部からリリアンに編入したのだけれど、最初は皆がなぜ名前で呼び合うのかわからなくてね」
「それ、私も驚きました。まさか、この世にこんな世界があるなんて」
 思わず洩れた本音に、前白薔薇さまロサ・ギガンティアがぷっと吹き出した。
「ははあ。まさに、アナタノ知ラナイ世界だったわけね」
 ――よかった。とりあえず、見た目の印象よりずっととっつきやすい人達だ。
 一部のクラスメイト達のように、まったく話が噛み合わない相手だと、さすがにつらい。


 それからしばらくして、舞台の準備が忙しいだろうから、と退出した彼女達のあとから、今度は祐巳さまと瞳子が息を堰き切って駆け込んできた。
 紅薔薇さまロサ・キネンシスがちらりと時計を見る。
「ぎりぎりセーフってところかしらね」
「よかったぁ! 間に合った」
「二人とも、早く衣装に着替えていらっしゃい」
 はーい、と元気よく返事をする二人。しかし祐巳さまが「よかったね」と振り返ると、瞳子はぷいっと顔を背けてひとりで先に行ってしまった。
 ――あれ?
 仲良くうちのクラスの展示を見に行ったんじゃなかったのか、と怪訝に思う。志摩子さんも同じように感じたらしく、祐巳さまに耳打ちする。
「なにかあったの?」
 はーっと長いため息をつく祐巳さま。
「それがね」
「見たわよ、祐巳さん」
「ひゃっ!」
「由乃さま」
 いつの間にか、衣装に着替え終えた由乃さまが、祐巳さまの背後で腕組みをしている。
「まーた聖さまにからかわれていたわね。しかもほっぺにキスまでされちゃって」


2004/11/03 UP

    

     

 

<< 〜祐麒の場合 3 〜 | SSインデックス | 〜乃梨子の場合 2 〜 >>



【お買い物なら楽天市場!】 【話題の商品がなんでも揃う!】 【無料掲示板&ブログ】 【レンタルサーバー】
【AT-LINK 専用サーバ・サービス】 【ディックの30日間無利息キャッシング】 【1日5分の英会話】
「志摩子」