それぞれの学園祭 〜乃梨子の場合 2 〜

 

 

 

 ――は? 聖さまって、あの聖さま?
 キスって何だ? と思わず目が点になる。
「まぁ、お姉さまったらそんなことを?」
 言いながらも、志摩子さんが動揺している様子は特にない。
 対する祐巳さまは、ちょっと困ったように眉を寄せる。
「そうなんだ。まぁ、抱きつかれるくらいは今さらだけど」
 ――なんか今、とんでもないことを聞いた気がするんだけれど。
「どうしてなのかは解らないけれど、瞳子ちゃんが怒っちゃって。そしたら……」
「祥子さまの時と同じパターン。聖さまったらすっかり悪ノリしちゃって」
 ほっぺにチュッてやったわけ、と続ける由乃さま。
 ――ええっ? それって、どういうこと?!
「瞳子ちゃんは口を利いてくれなくなっちゃうし、周りには結構人がいたから注目されちゃうし」
 祐巳さまはどんよりと浮かない表情。
 いや、今はそれよりも。
「そうだったの。祐巳さん、お姉さまがごめんなさいね」
 なぜそこで志摩子さんが謝るのか。
 そのまま何げなくこちらを見て、志摩子さんは呆然としている乃梨子に気がついた。
「お姉さまは、昔から祐巳さんを可愛がっていらっしゃるから」
「オモチャにされていた、の間違いじゃないの?」
 ――うーん、由乃さま辛口。……じゃ、なくて!!
「志摩子さん、それでいいの?」
 動揺していたせいか、ついお姉さまと呼び損ねた。
「私はかまわないのだけれど、祐巳さんはお気の毒だったわね」
 再会の時、あれだけ親密な雰囲気だったのに、志摩子さんとそのお姉さまの関係は、なんだかドライだ。

 それよりも、と由乃さまが言った。
「あのあと私、蓉子さまと聖さまを捕まえて聞いたのよ」
 てっきり祐巳さまにキス、の件かと思ったら。
「江利子さまはどうなさったんですか? って訊いたら」
 ぐっとこぶしを握り締める由乃さま。
「由乃ちゃんに悪いから行かない、ですって。それは嫌味? 嫌味なの? それとも私にプレッシャーをかけているわけ?」
「お、落ち着こうよ由乃さん!」
 きいっとエキサイトする由乃さまを、祐巳さまがあわててなだめる。
「江利子さまって、あの、例のお菓子をさしいれてくださった方ですか?」
「そうっ! それよ!」
 由乃さまはますますヒートアップ。フォローのつもりで言ったのに、むしろ薮蛇だったようだ。
「おかげで令ちゃんの馬鹿は落ち込むし」
 それはそうだろう。前紅薔薇さまロサ・キネンシス、前白薔薇さまロサ・ギガンティアとそろって、自分のお姉さまは来てくれなかったとなれば、 黄薔薇さまロサ・フェティダもがっかりすると思う。
 だが由乃さまは、そこが一番気に入らないらしい。
「お二人もおっしゃっていたけれど、どうせあの人のことだからコッソリ見に来ているに決まってるのよ! そんなの、令ちゃんの方がよく解ってるはずなのに、目に見えてしょんぼりしちゃって!!」
 ――だからそれが普通では……。
 怒り心頭の由乃さまを、今度は祐巳さまと志摩子さんの二人がかりでなだめにかかる。
 しかし、肝心なことを忘れてやしないだろうか。聖さまが祐巳さまに……という、あの件。
 ――志摩子さん、本当にそれでいいの?
 思わず見つめると、志摩子さんはわけもわからず微笑んだ。乃梨子が、由乃さまのご乱心に困惑していると思ったのかもしれない。


「お姉さまと私はね、ちょっと他の姉妹とは違ったの」
 舞台の後片づけもとりあえず終え、一緒に乃梨子のクラスの展示を見に行く道すがら、志摩子さんはそんな話をしてくれた。
「なんていうのから。私達はすごく似ていて、まるでお互いがお互いを映す鏡みたいな……そういう関係だったの」
「鏡?」
 ぴんと来なくて、首を傾げる。
 志摩子さんと前白薔薇さまロサ・ギガンティアは、見た目のつりあい以外、似ているところなんてまるでないように思える。
「確かに今は、お姉さまもあんなふうに朗らかでいらっしゃるけれど」
 ――はたしてあれが、朗らか、のひと言で片づけられるのだろうか。
「私達が初めて遇ったのはね、乃梨子と出遇った、あの桜の下だったの」
「え」
 志摩子さんはふわりと微笑む。
「そう。あなたと出遇ったちょうど一年前、同じ時、同じ場所で、私はあの方と出遇ったわ」

 そうして志摩子さんは前白薔薇さまロサ・ギガンティアとのことを語ってくれた。
 志摩子さんの語るその人は、勘が鋭く、誰よりも繊細で優しい……そういう人だった。それは、今日見た限りの印象とはまるで違っていたけれど。志摩子さんが言うなら、きっとそうなのだろう。
 もとより、三つも年上。一見しただけの乃梨子に、その人柄を量りえようはずもない。

 ――そう、思ったのだけれども。


 三度出遇った前白薔薇さまロサ・ギガンティアは、はっぴ姿の祐巳さまの肩に手を回し、写真部の武嶋蔦子さまに嬉しげにツーショット写真を撮ってもらっていた。
「……お姉さま、本当にいいの?」
 もちろん、なんて志摩子さんは笑っていたけれど。
 ――いや。確かに自分たちも、三人で一緒に写真を撮ったけれども。


 しかし、この時余裕の笑みを浮かべた志摩子さんは、その三十分後、廊下で出くわした自分のお父さんとタクヤくんを前に、ぴしりと凍りついてしまった。
「志村さんにコーディネイトしていただいたんだが、どうかな」
 と、まんざらでもない様子のお父さん。
 そう言われては怒るに怒れずにいる志摩子さんを見て、乃梨子もまずいとは思ったのだ。しかしだからといって、悪気のないタクヤくんを怒るわけにもいかず。
 ――ああ、そういえば。菫子さんは、マトモな格好をしてきてくれるかなぁ。
 慣れている自分はともかく、志摩子さんにこれ以上よけいなショックは与えたくない。


 舞台の幕は降りたけれど、リリアン高等部学園祭はまだまだこれからだった。


fin〜




2004/11/03 UP

    

     

 

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